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浦和地方裁判所 平成9年(ワ)1553号 判決 2000年3月29日

原告

松嶋シゲ子

被告

有限会社橋本運送

主文

一  被告は、原告に対し、金二七三五万二四〇七円及びこれに対する平成二年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成二年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通貨物自動車に追突され、受傷した原告が、加害車両の保有者である被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求めた一部請求事案である。

一  争いのない事実等(証拠上容易に認められる事実については、末尾括弧内に証拠を掲記した。)

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成二年六月二日午前六時三五分ころ

(二) 場所 茨城県結城郡大字小田林二六五〇番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 原告車両 普通乗用自動車(土浦五六み五八五五)

(四) 右運転者 原告

(五) 被告車両 普通貨物自動車(大宮一一い九三九二)

(六) 右保有者 被告

(七) 右運転者 金子徹

(八) 事故態様 原告車両が、本件交差点で右折するため、本件交差点手前で停止していたところ、被告車両が後方から原告車両に追突した(甲二)。

2  責任原因

被告は、被告車両を保有していた者であり、同車両を自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条に基づき、本件事故による原告の損害につき賠償責任を負う。

3  原告の傷害の内容及び治療経過等

(一) 傷害の内容

原告は、本件事故により、頸椎捻挫、腰椎捻挫、頭痛、右上肢知覚異常、悪心の傷害を負った(甲三の1)。

(二) 治療経過

原告は、右受傷により、次のとおり治療を受けた(甲三の1ないし22)。

(1) 平成二年六月二日から同年八月二三日まで医療法人穣会杉山整形外科医院(以下「杉山整形外科医院」という。)に通院

(実通院日数六七日)

(2) 平成二年八月二四日から同年一二月二九日まで医療法人社団同樹会結城病院(以下「結城病院」という。)に通院

(実通院日数一〇一日)

(3) 平成二年一二月三〇日から平成三年五月九日まで医療法人社団同樹会結城第二病院(以下「結城第二病院」という。)に通院

(実通院日数九七日)

(4) 平成二年一一月一日及び平成三年五月一八日、小山脳神経外科内科病院(以下「小山病院」という。)に通院

(実通院日数二日)

(5) 平成三年五月一〇日から同年七月一七日まで結城病院に入院

(6) 平成三年七月一八日から平成四年一二月一日まで結城病院に通院

(実通院日数三七八日)

(7) 平成四年一二月二日から平成五年一〇月一三日まで栃木県医師会温泉研究所附属塩原病院(以下「塩原病院」という。)に入院

(8) 平成五年九月一六日から平成六年六月三〇日まで結城病院に通院

(実通院日数二〇三日)

(9) 平成六年一月一七日から同月二一日まで結城病院に入院

(10) 平成六年九月六日から同年一一月二四日まで医療法人厚友会城西病院(以下「城西病院」という。)に入院

入院日数合計四六九日

実通院日数合計八四八日

4  損害の填補

原告は、被告から、次のとおり本件事故による損害の填補を受けた。

(一) 治療費 六七一万三〇八六円

(二) 入院雑費 九万一〇〇〇円

(三) 通院費 九万四一九〇円

(四) 補助器具代 九万九三五〇円

(五) 慰藉料 二〇万円

(六) 休業損害 五一九万九二〇〇円

右合計 一二三九万六八二六円

二  争点

1  後遺障害の有無及び本件事故との因果関係

(原告の主張)

(一) 後遺障害

原告は、本件事故によって前記傷害を負い、その後治療を続けるも、「全脊柱前弯変形」及び「両下肢筋力低下と知覚鈍麻」の障害を残したまま平成六年一一月二四日に症状固定し、右障害により神経系統の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができず、長距離歩行が困難で車椅子での生活を余儀無くされている。したがって、右症状は、自賠法施行令二条後遺障害等級表別表第五級の後遺障害に相当する。

(二) 本件事故との因果関係

右後遺障害は、本件事故により原告が前記傷害を負い、手術まで長期の入院を余儀無くされ、その治療の過程において参加人の経営する結城病院が誤診に基づく不要なヘルニア摘出のための手術を行い(以下「本件手術」という。)、原告にさらなるストレスを与えた結果生じたものである。

原告の後遺障害は、本件手術によってもたらされた精神的ストレスが原因となっているが、本件手術が本件事故による傷害治療の一環として行われたものである以上、本件事故と結城病院における治療行為には社会的一体性があるから、本件事故と本件後遺障害の相当因果関係は認められる。

(被告の主張)

(一) 後遺障害の有無について

原告の後遺症については、二回に亘り、自動車保険料算定会による後遺障害等級事前認定が行われているが、以下の理由により、いずれも「非該当」の結論となっており、後遺障害とは認められない。

(1) 第一回事前認定

ア 原告の治療経過における症状の変遷をみると、多彩な症状が訴えられ、各診断書ごとに症状部位が異なっており、一貫性に乏しく、不定愁訴といわざるを得ない。

イ 傷病名は単に原告本人の自覚症状をそのまま記載したものであり、受傷部位、症状の原因等が全く明確になっておらず、その後の病院調査でも「原因不明」とされている。また、原告の治療中の画像からも器質的変化は認められない。

(2) 第二回事前認定

ア 原告の九段坂病院の診断書(平成八年五月二八日付)によれば、傷病名は「両下肢痙性不全麻痺」となっており、原告本人の訴えとしても、結城病院発行の後遺障害診断書にはない多彩な自覚症状の記載があるも、いずれも同症状の原因、病巣等は見出せない。

イ 検査所見も多岐にわたるが、両下肢麻痺で手動車椅子、各下肢筋力二前後で、クローヌス(マイナス)、膀胱直腸障害なし、との結果であり、中枢性の痙性不全麻痺とするには所見に矛盾が生じる。

(二) 本件事故との因果関係について

本件事故と原告の後遺障害との間に因果関係は認められない。その理由は以下のとおりである。

(1) 本件事故は、普通貨物自動車の普通乗用車に対する単なる追突事故であり、原告の同事故による受傷の内容も「頸椎捻挫、臀部挫傷」という程度のものであった。また、原告に対する理学的所見としても、頸椎の可動域の制限が認められず、上肢の鍵反射も正常であったことから、ごく軽傷の部類に属する程度のものであった。したがって、遅くとも、原告が平成三年五月一〇日に「腰椎椎間板ヘルニア」の確定診断で入院する時点までには、本件事故による受傷に関する治療は終了していた。

(2) 原告の主張する後遺障害は、椎間板ヘルニアの治療として行われた本件手術を経て、症状固定となっているが、仮に、原告に椎間板ヘルニアの所見が認められたとしても、本件事故との態様、発生内容、程度、本件事故直後の原告の症状の内容の変遷、椎間板ヘルニアの出現した時期との関係からは、原告の椎間板ヘルニアが本件事故によって惹起されたものとは到底言い難い。

(3) 原告の主張する後遺障害の原因は、原告の心因性によるものであるから、本件交通事故による受傷との間に相当因果関係はない。

(参加人の主張)

原告主張の後遺障害は、何ら参加人の診療上の過失に起因するものではなく、原告自らの神経症的素因の存在と、本件事故を誘因として更に原告の精神面の障害が心身症的訴えとなって強く現われてきたものであり、参加人には何らの責任原因もなく、参加人による診療行為と原告の後遺障害との間に相当因果関係は存在しない。

2  損害額

(原告の主張)

原告に生じた損害は次のとおりであるが、内金三〇〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。

(一) 治療費 既に受領済み

(二) 入院雑費 五六万二八〇〇円

(三) 器具購入費 四〇〇〇円

車椅子購入代金から市役所の補助金を控除した額

(四) 休業損害 一〇〇八万一〇八〇円

賃金センサス平成二年第一巻第一表の産業別、企業規模計、学歴計、女子労働者の全年齢平均の年収額二八〇万〇三〇〇円に、受傷のため家事労働に従事できなかった期間である入院日数四六九日と通院日数八四八日との合計一三一七日(三・六年)を乗じて算出した。

(五) 逸失利益 三七一七万五三一五円

前記年収額二八〇万〇三〇〇円×七九パーセント(障害等級五級)×新ホフマン係数一六・八〇四四(症状固定日当時満四〇歳)として算出した。

(六) 慰謝料 一六四〇万円

<1> 入通院慰謝料は入院日数合計四六九日間を一五か月、通院日数合計八四八日(実日数)を二八か月として算出し、三四〇万円とする。

<2> 後遺障害慰謝料は、一三〇〇万円とする。

(七) 損害の填補 前記のとおり一二三九万六八二六円

(八) 弁護士費用 四四〇万円

第三当裁判所の判断

一  争点1(後遺障害の有無及び本件事故との因果関係)について

1  証拠(甲三ないし二一(各枝番を含む。)、乙一ないし一三、丙一、原告本人、参加人代表者本人)によれば、原告の治療経過について以下の事実が認められる。

(一) 原告は、本件事故当日、頸部から右腕薬指にかけてのしびれ、脱力感を訴えて杉山整形外科医院で受診したが、本件事故発生の翌日から右足の痛み、しびれ、頭痛が激しくなり、同年八月二三日まで同病院に引き続き通院し、マイクロウェーブと湿布、ホットパック、首と腰の牽引の治療を受けたが、右症状は改善しなかった。

(二) 原告は、平成二年八月二四日から結城病院での通院を開始し、右頸部から右腕にかけて、右臀部から右下肢にかけての鈍痛を訴え、薬物と理学療法による治療を受けて経過をみたが、症状の改善はみられなかった。

(三) 原告は、平成二年一〇月中旬ころからは右下肢痛が増強し、跋行があり、同月二四日の診断では、ラセーグテストの結果が両側十分で陰性であったが、同日のX線撮影により、第四、五腰椎に不安定性、椎間腔の狭小化が認められ、バレー圧痛が右側で陽性であった。同月三一日の診断では、ラセーグテストの結果は右九〇度、左十分と陰性であったが、右第五腰神経及び第一仙椎神経で知覚低下、長母趾伸筋の筋力低下が認められたことから、担当医の宮原尚医師は、椎間板ヘルニアの疑いがあると判断し、小山病院にMRI検査を依頼した。原告は、同年一一月一日、小山病院においてMRI検査を受けたところ、担当医の仙頭茂医師は、頸部MRIではヘルニアの所見はみられないが、腰部MRIでは第四、第五腰椎間及び第五腰椎と仙椎内に軽度のヘルニア様突出がみられると判断し、「腰椎椎間板ヘルニア、頸椎椎間板ヘルニアの疑い」と診断した。

宮原医師は、これらの結果を総合して、原告に第四、第五腰椎及び第五腰椎、仙椎に軽度の椎間板ヘルニアの所見が認められると診断した。また、同医師は、原告の訴える右下肢痛は、腰部のヘルニアが原因であると判断し、原告に対してその旨説明した。

(四) 原告は、平成二年一二月三〇日、結城第二病院に転院し、ホットパック、牽引、干渉波等の治療を継続して受けたが、なお症状の改善はなかった。

(五) 原告は、平成三年四月四日の診察では、ラセーグテストの結果が両側九〇度マイナスで陰性であったが、右臀部、右下肢、下腿部の外側等の痛み、右側における長母趾伸筋の筋力の低下、右側における第五腰神経及び第一仙椎神経の知覚低下が認められ、同月二二日の診察では、ラセーグテストの結果は右七〇度、左十分で陽性となったほか、バレー圧痛が右側で陽性となり、第五腰椎神経支配領域における知覚低下、長母趾伸筋の筋力低下も認められ、X線撮影により第四、第五腰椎間で不安定性が認められた。

(六) 原告は、平成三年五月一〇日から同年七月一七日まで、結城病院に入院し、同月一三日、脊髄造影検査及びCTミエログラフィー検査を受けた結果、第四、第五腰椎右側に神経根の欠損が認められた。また、原告は、平成三年五月一八日に小山病院で受けた腰椎のMRI検査でも、第四、第五腰椎間及び第五腰椎、仙椎内にヘルニアがみられると診断された。

そこで、大木勲医師は、原告のこれまでの症状、神経所見及び諸検査の結果を総合し、原告に第四、第五腰椎椎間板ヘルニアの所見が認められると確定診断するとともに、原告にラブ氏手術の適応があると判断し、原告に対し、手術に関する説明を行いその了承を受けた上、平成三年五月二七日、ラブ氏手術(本件手術)を実施した。

原告は、手術後数日間は起き上がることができず、一週間程経過したころから徐々に歩行が可能となるも、歩行の際に右足に激痛が生じたり、二週間経過したころから背骨が前に曲がらない症状を訴えた。また、本件手術後、頸部痛、腰痛、右下肢痛等の症状は一旦は若干の改善をみせたものの、その後は憎悪した。

(七) 原告は、結城病院を退院後、平成三年七月一八日から平成四年一二月一日まで結城第二病院に通院し、薬物治療と理学療法を継続したが、頸部痛、腰痛、右下肢痛等の症状は続いた。他方で、平成四年三月二六日付の診療録には、同日行われたMRI検査による所見として「腰椎椎間板ヘルニアなし、脊椎管狭窄なし、神経根の欠損なし」と記載されている。

(八) その後、原告は、平成四年一二月二日から平成五年一〇月一三日まで塩原病院に入院してリハビリ治療を行ったが、治療の効果はみられず、右入院期間中に歩行が徐々に困難になり、平成五年八月ころからは、歩行に杖や車椅子の使用が必要な状態となった。また、本件手術後に生じた背骨が曲がらない症状は徐々に悪化し、腰椎前弯の症状が強くなり、平成五年三月三〇日付診療録には「腰椎の前弯の増強」、同年八月三一日付診療録には「前弯強すぎる」、同年一〇月四日付診療録には「八月初めころから背部のこわばりが増強」と記載されている。

担当医は、原告の歩行困難や前弯増強等の症状の原因について、「心的な問題と考えざるを得ないか」等とコメントしている。

(九) 原告は、平成五年九月一六日から平成六年六月三〇日まで結城病院に通院し、その間も脊柱の前弯増強の症状は継続した。しかし、平成五年一〇月七日に行われたMRI検査の結果からは椎間板ヘルニアの所見は認められず、さらに平成六年一月一九日に行われた脊髄造影検査の結果においても、器質的原因を示す異常所見は認められなかった。

(一〇) 大木医師は、原告の症状は、器質的原因が認められないことから、心因性によるものと判断し、平成五年一〇月一日には心身症と診断している。その後、原告は、平成六年二月ころから同年七月ころまで、大木医師の勧めで自治医科大精神科に通院し、その間に神経症・うつと診断され、四環系ルジオミールが処方されている(乙五・三六〇頁、乙一三)。

(一一) 大木医師は、平成六年七月二一日、原告に対し、脊柱の前弯増強の治療として矯正術を行ったが、矯正不能に終わった。

原告は、機能性出血のため城西病院婦人科に入院中の平成六年九月六日、同病院整形外科で受診したが、その際原告を診察した菅医師は、神経学的所見として運動、知覚、反射とも正常であるとし、脊髄のX線撮影でも特に異常を認めず、MRI検査でも明らかな椎間板ヘルニアはなかったと記している。

(一二) 原告は、平成六年一一月二四日、大木医師により、「全脊柱前弯変形」「両下肢筋力低下と知覚鈍麻」の傷病名で症状固定の診断を受けた。その際の後遺症診断書(甲五)によれば、自覚症状としては「頸胸腰背部痛、起立歩行」を訴え、他覚症状等としては「全脊柱の著しい前弯変形(矯正不能)、両下肢の知覚鈍麻、両下肢の筋萎縮、胸腰部背筋拘縮萎縮」と指摘されている。

2  後遺障害の有無

右認定事実によれば、原告の現在の症状は、MRIその他の諸検査の結果からは器質的変化が認められないが、平成六年一一月二四日に症状固定と診断された際の「全脊柱前弯変形」「両下肢筋力低下と知覚鈍麻」の傷病名は、「全脊柱の著しい前弯変形(矯正不能)、両下肢の知覚鈍麻、両下肢の筋萎縮、胸腰部背筋拘縮萎縮」という他覚的所見に基づき診断されたものであって客観的な根拠が認められる。また、本件事故から症状固定の診断に至るまでの間、各診断書の傷病名や原告の愁訴は多様な部位に及んではいるものの、その主要な点はいずれも概ね一貫しており、不定愁訴と評価することはできない。したがって、原告には、甲五号証記載のとおり、「全脊柱前弯変形」「両下肢筋力低下と知覚鈍麻」の後遺障害が存するものと認めるのが相当である。

3  本件事故との因果関係

(一) 本件手術時、原告に椎間板ヘルニアの所見があったか否かについて

原告には、平成二年一〇月ころから本件手術に至る平成三年五月までの間、右下肢痛や知覚低下、筋力低下等の腰部椎間板ヘルニアを窺わせる他覚的所見が一貫して認められており、ラセーグテストの結果は当初は陰性で推移していたが同年四月二二日の診察では右七〇度で陽性となっていること、MRI検査及び脊髄造影等の諸検査においても椎間板ヘルニアを示す所見が認められたことは前記認定のとおりである。大木医師は、これらの症状及び神経所見を総合して、原告が椎間板ヘルニアの所見が認められると診断し、ラブ氏手術の適応があると判断したものであり、平成二年一一月一日及び平成三年五月一八日のMRI検査の結果については仙頭医師も椎間板ヘルニアの所見を認めていることをも考え併せると、大木医師の右診断には十分な合理性が認められるというべきである。

したがって、原告には、本件手術当時、椎間板ヘルニアの所見があったと認めることができる。

これに対し、原告は、本件手術前になされたX線撮影、脊髄造影検査、MRI検査からはいずれも椎間板ヘルニアの確定診断はできないとして、椎間板ヘルニアとの診断は誤りであると主張しており、右主張に沿う意見書も存在する(甲二二)。しかしながら、右X線検査、脊髄造影検査やMRI検査の各画像から椎間板ヘルニアの所見が認められるとする大木医師の供述は概ね具体的根拠に基づいており、右認定を覆すには足りない。

(二) そこで次に、原告の椎間板ヘルニアと本件事故との間に相当因果関係があるかについて検討する。

以上のとおり本件手術時において原告に椎間板ヘルニアの所見があったとしても、前記認定の事実によれば、原告の椎間板ヘルニアは、本件事故による受傷直後に生じたものではなく、本件事故後相当期間の経過後に発現したのである。この点に関し、被告は、本件事故の態様や受傷直後の原告の症状、椎間板ヘルニアが出現した時期との関係等から、原告の椎間板ヘルニアと本件事故との間に因果関係は認められないと主張する。

しかしながら、一般的に、事故直後には椎間板ヘルニアの定型的症状が認められない場合であっても、事故による外傷にマイナートラウマが加わることにより椎間板ヘルニアが事後的に発症する例が臨床的にみられることからすると(参加人代表者本人)、事故から一定期間経過した後に椎間板ヘルニアが発現した場合であっても、直ちに本件事故とは無関係であると評価することはできず、事故による受傷の部位やその後の症状の経過に照らし個別に判断しなければならない。

本件についてみると、原告は、本件事故の翌日から激しい右下肢痛等を訴えていること、その後も同様の症状を訴えながら徐々に悪化し、本件事故の約四か月後には、第四、第五腰椎の不安定性(平成二年一〇月二四日X線撮影)、知覚低下や筋力低下等(同月三一日診察)、軽度のヘルニア様突出(同年一一月一日MRI検査)等、椎間板ヘルニアを窺わせる所見が得られるに至っていること、原告には本件事故前において腰痛及び右下肢痛等の自覚症状がなかったことを総合すれば、原告の椎間板ヘルニアは、本件事故による受傷が発症機転となって出現したことが推認される。

したがって、本件事故と原告の椎間板ヘルニアとの間には相当因果関係があると解するのが相当である。

(三) 次に、本件手術後原告に生じている後遺障害と本件事故との間に相当因果関係が認められるかについて検討する。

前記認定のとおり、本件手術後の原告の各症状については、各診察や諸検査の結果から、原告の訴える症状の原因となる器質的変化がいずれも認められておらず、各医師の意見も、本件手術後に生じている原告の全脊柱前弯の増強、両下肢の筋力低下と知覚鈍麻は、医学的に心因性以外の明らかな原因が考えられないとしている(乙一三、参加人代表者本人)。これらの点からすると、原告の後遺障害は、心因的な要素の影響により生じた可能性を否定することができない。

しかしながら、本件後遺障害は、本件事故による受傷を期に長期間に及ぶ通院・入院治療を経て徐々に症状が悪化した結果生じており、このような経過からすれば、本件事故自体や本件事故後の長期間にわたる治療自体が精神的ストレスの原因となった蓋然性が高いというべきであるから、本件事故との間の相当因果関係を否定すべき理由はないというべきである。

もっとも、脊柱の前弯変形は、椎間板ヘルニアの手術後に生ずる症状としては非常に稀な例であること(参加人代表者本人)、本件手術が不要、不適切なものであったとは断定することができないところ、結果として本件手術後に症状が悪化し、背中が前に曲がらなくなるといった前弯変形となったこと、前記認定の受傷の態様、治療の経過、精神科医に受診していること等を総合すると、原告には相当強い神経症的な素因があって、本件後遺障害は、右素因に基づく心因性もその重要な原因になっているものと推認することができる。してみると、本件事故による損害をすべて被告に負担させることは、当事者間の損害の公平な分担の見地から妥当ではなく、損害に対する右素因を考慮し、その寄与度を三割と評価し、損害額から減額するのが相当である。

二  損害

1  治療費 六七一万三〇八六円

原告の治療費を被告側が負担したことは当事者間に争いがないところ、乙一四号証及び弁論の全趣旨によれば、被告側が支払った治療費の合計額は、六七一万三〇八六円であることが認められる。

2  入院雑費 五六万二八〇〇円

原告が本件事故による受傷による治療のため、合計四六九日間入院したことは前記認定のとおりであり、入院雑費は、一日当たり一二〇〇円と認めるのが相当であるから、五六万二八〇〇円となる。

3  通院費 九万四一九〇円

弁論の全趣旨より認められる。

4  器具購入費 九万九三五〇円

乙一四号証及び弁論の全趣旨により認められる。

5  休業損害 一〇〇八万一〇八〇円

原告は、本件事故当時、主婦として家事労働に従事していたのであるから、原告の休業損害は、平成二年賃金センサス・産業計・企業規模計・学歴計・全年齢の女子労働者の平均賃金である二八〇万〇三〇〇円を基礎に算定するのが相当である。そして、原告は、本件事故日である平成二年六月二日から症状固定日までの平成六年一一月二四日までの間のうち、入院日数四六九日及び通院日数八四八日の合計一三一七日間(約三・六年)、家事労働に従事することができなかったことが認められ、本件事故による原告の休業損害は、次の計算式のとおり、一〇〇八万一〇八〇円となる。

二八〇万〇三〇〇円×三・六=一〇〇八万一〇八〇円

6  逸失利益 二二九六万二六八四円

原告は、現在、歩行が不自由であり車椅子を使用をしているが、杖の使用により歩行することは可能であり、オートマチック車の運転も行っている(原告本人)。原告の後遺障害の程度について、原告は、本件後遺障害が後遺障害等級第五級に相当すると主張し、これに沿う医師の意見(甲八)も存するが、原告の右症状や現在の生活状況等の諸般の事情を総合すると、原告の後遺障害は、神経系統の機能に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないものとして、後遺障害等級第七級にあたると認めるのが相当である。そうすると、原告は、本件後遺障害のために、症状固定時の四〇歳から労働可能な六七歳までの二七年間にわたって、その労働能力を五六パーセント喪失したものと認められ、ライプニッツ方式により中間利息を控除して算定された逸失利益は、次の計算式のとおりとなる。

二八〇万〇三〇〇円×〇・五六×一四・六四三〇=二二九六万二六八四円

7  慰藉料 一二七〇万円

(一) 入通院慰藉料 三四〇万円

原告の被った傷害の程度、入通院の日数等の事情を考慮すると、右慰謝料は、三四〇万円が相当である。

(二) 後遺症慰藉料 九三〇万円

原告の後遺障害の内容と程度、現在の症状その他諸般の事情を考慮すると、後遺症慰謝料は、九三〇万円であると認められる。

8  寄与度に応じた減額後の金額 三七二四万九二三三円

以上掲げた損害額の合計は、五三二一万三一九〇円であるところ、前記のとおり、その三割を減額すると、三七二四万九二三三円となる。

9  損害填補分の控除後の金額 二四八五万二四〇七円

前記認定のとおり、原告は本件事故に関し一二三九万六八二六円の支払を受けたから、これを寄与度に応じた減額後の金額三七二四万九二三三円から控除すると、残額は二四八五万二四〇七円となる。

10  弁護士費用 二五〇万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、本件事故と相当因果関係があるとして賠償を求め得る弁護士費用の額は、二五〇万円と認めるのが相当である。

11  まとめ

以上によれば、原告の被告に対する損害賠償請求権の合計は、二七三五万二四〇七円となる。

三  結論

よって、原告の本件請求は、二七三五万二四〇七円及びこれに対する不法行為の日である平成二年六月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤康 設楽隆一 五十嵐章裕)

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